えがおぶらり旅|埼玉編

今回私たちが訪れたのは埼玉県。古代のロマンと歴史が息づく街「行田市」を取材して参りました。天然記念物に指定されている美しい蓮の名所や、全国的にも有名な忍城など人気の観光スポットをご紹介します。

埼玉県名発祥の地!?

埼玉県行田市は、埼玉県名発祥の地と言われているのをご存知でしょうか?
およそ1200年前の奈良時代にできた『万葉集』の中で歌われていた「さきたま」という地名。これが現在の行田市埼玉周辺をさしていました。この小さな地名「さきたま」が、後により広い郡名「さきたま」として用いられるようになっていったのです。そして長い歴史を経て、現在の北埼玉郡、南埼玉郡、葛飾郡の一部がまとめられて「県」となり、もっとも広かった郡名が採用され、明治4年(1871)11月14日に「埼玉県」が誕生しました。
行田市埼玉は、今も神社や字名は「さきたま」と呼んでおり、「さきたま古墳公園」には、「埼玉県名発祥之碑」も建てられています。
ただ、埼玉県名の由来はこの他に、埼玉古墳群が由来とする説や、幸福をもたらす神の働きを意味する「幸魂(さきみたま)」から名付けられたとする説など様々あるそうです。

神秘的で美しい蓮の名所

行田市の天然記念物に指定されている行田蓮(古代蓮)は、原始的な形態を持つ1400年から3000年前の蓮であると言われています。花びらが多く色が濃いのが特徴で、見頃である6月下旬から7月中旬には、大きく美しい花が咲きます。そんな行田蓮をシンボルとした公園が、「古代蓮の里」。東京ドーム約3個分の広さを誇る施設内には約42種類、約12万株の蓮が植えられている他、蓮の資料館やアスレチックなどもあります。毎年見頃の時季には、多くの観光客で賑わうスポットです。

関東七名城の一つ「忍城」

室町時代中期に築城されたとされる城。行田市はこの忍城の城下町として発展してきました。1590年、石田三成の水攻めに耐え抜いたエピソードは、戦国の世を生き抜いた名城として数々の物語の題材になっていて、映画「のぼうの城」でも一躍有名になりました。忍城は明治維新の際に取り壊されてしまいましたが、現在はその跡地に忍城址が整備され、行田市のシンボルとなっています。

国指定史跡「小見真観寺古墳」

真観寺境内にある全長102m、高さ8mの前方後円墳。後円部と鞍部の2ヵ所に横穴式石室があります。この石室は秩父産の緑泥片岩の巨大な石材を用い、精巧に作られているものだとか。最近の調査では、周辺から埴輪の破片が多く発掘され、出土遺物などから6世紀末から7世紀末始め頃に築かれたものであると考えられています。また、行田市内の最も新しい前方後円墳ではないかという推測もされています。
行田市内にはこの他にも、9基の大型古墳が集中する、東日本最大の古墳群である「埼玉古墳群」や、石室の壁に人物や馬、家などが描かれた、線刻壁画をもつ装飾古墳である「地蔵塚古墳」など、数多くの古墳が残されています。中には、石室内を見学できる古墳もあるとのこと。ぜひ古代のロマンを堪能しに、行田市を訪れてみてください。